福井大学医学部泌尿器科学講座では、以下の5つの大きなテーマについて研究を行っております。
尿路性器悪性腫瘍部門
尿路上皮がんに関する研究では、糖鎖である硫酸化シアリルルイスX(sLeX)が膀胱尿路上皮癌細胞に発現し、血管内皮細胞に発現するE-セレクチンとの結合能を有することを明らかにした。これは硫酸化sLeXを発現する循環細胞が血管内皮と接着し癌の転移に関与する可能性が示唆された。一方、膀胱間質に糖鎖である硫酸化シアリルルイスX(sLeX)を発現するHEV様血管が誘導されていることが明らかになった。一部は腫瘍細胞の近傍に位置しリンパ球の浸潤を伴っていた。リンパ球の中には細胞障害性Tリンパ球も含まれており、腫瘍免疫に関与している可能性がある。またシアリルルイス抗原は膀胱癌以外にも腎癌や上部尿路癌、前立腺癌など他の泌尿器科癌でも発現することが報告されている。前立腺癌や腎癌においても同様に糖鎖マーカーの有用性を検証した。
すべての糖鎖は血管内皮細胞に発現するE-セレクチンとの接着能を有し転移に関与することが示唆されている。糖鎖の足場蛋白の一つとされるMUC1蛋白の発現も糖鎖発現に関与しており、その足場蛋白の発現と糖鎖発現ひいては腫瘍細胞の悪性度/転移能に関して検討を行った。
細胞死に関わるオートファジーの誘導が癌治療のストラテジーとして注目されている。一方でオートファジーは種々のストレスに対する細胞の防御反応ともなることが知られている。また、蛋白をコードしていないmicroRNA(miRNA)が、mRNAに干渉することで遺伝子発現を調整する働きを持つことが報告され癌治療への応用が期待されている。miRNAうちmiR-204が腎癌細胞においてオートファジーを誘導することが報告された。miR-204の発現制御によってオートファジーを誘導することが腎癌治療にどのような効果をもたらすのかを解明することが進行腎癌に対する治療の一助となると考えられ、研究を行っている。
腎臓部門
家族内発生の先天性水腎症の原因遺伝子として分化制御因子Id2を中心に、その遺伝子変異解析を行った。
下部尿路機能部門
メタボリック症候群モデルとしてOLETFラット、高血圧の病態モデルとして食塩感受性高血圧ラットを用いて、蓄尿障害発生メカニズムや、β3アゴニスト、phosphodiesterase 5 inhibitor(PDE5i)の作用メカニズムについて検討を行った。その結果、OLETFラットには膀胱血流障害が存在し、PDE5iはその血流障害を改善すること、また膀胱上皮由来のメデイエータであるATPの放出を抑制することで蓄尿障害を改善させる可能性があることを報告した。また食塩感受性高血圧ラットにも膀胱血流障害が存在し、膀胱上皮由来のメデイエータであるATPプロスタグランジンE2の放出亢進がみられた。β3アゴニストは食塩感受性高血圧ラットの膀胱機能を改善させる可能性が示唆された。
これまで心理ストレスはラットにおいて性行動障害を惹起することを報告してきた。その仲介を果たすのが副腎性アンドロゲンであった。これを発展させ、心理ストレスによって増加する視床下部室傍核由来の副腎皮質刺激ホルモン放出因子(CRF)に注目した。最近になりCRFの受容体が膀胱にも存在することが明らかとなっている。これまでストレス負荷ラット膀胱にもCRFが増加していることを報告したが、その生理的意義については不明であった。これまでにCRFは膀胱収縮自体には影響しないが、CRFR1を介してM3受容体に何らかのシグナルを出してムスカリン収縮を増強させることが解明された。またこれが蓄尿障害発生の1つの機序となっている可能性が示唆された。
前立腺肥大症における炎症の果たす役割。前立腺肥大においてHEV様血管が炎症細胞浸潤に関与しているが、この血管数は下部尿路機能障害の臨床パラメーターとよく相関することを報告した。すなわち前立腺の間質における炎症は下部尿路症状と関連するがその背景に前立腺の虚血が存在する可能性があり、解析・報告を行った。
抗コリン薬は膀胱知覚C線維を抑制し夜間多尿を改善することを報告してきた。他の抗コリン薬やC線維を抑制する他剤ではどうか、また交感神経が関与するかについて研究を行なっている。また、高齢者に多い脳血管障害や前立腺肥大症、さらには脊髄疾患に伴う過活動膀胱に焦点を当てて神経生理学的、分子薬理学的研究を行なった。下部尿路機能障害については製薬企業との共同研究が盛んで、薬剤作用機序の解明、新たな疾患モデルの開発など積極的な取り組みを行っている。
福井県の住民健康診査を行っている施設や人間ドックの施設と協力して受診者に質問票を渡して疫学的調査も行っている。メタボリック症候群や生活習慣病と下部尿路症状、特に夜間頻尿とは密接な関連があることが疫学調査の結果から解明された。福井県の人間ドックの施設と協力して受診者に質問票を渡して疫学的調査を行った。生活習慣病としての糖尿病、その前段階としてのHbA1Cの異常はLUTSと関連あることが解明された。
性機能部門
性機能部門は、臨床的には勃起障害(ED)外来・男性更年期障害外来にて多数の患者の診療を行った。
OLETFラットに対しPDE5iを投与することで性行動障害が改善することを報告した。この改善にはテストステロンの上昇とエストラジオールの低下を伴っており、PDE5iが内分泌環境を調整している可能性が示唆された。
排尿ケア部門
排尿自立指導料が保険収載され、慢性期病院を中心に尿路管理法の見直しがなされると期待されるが、福井大学附属病院の関連病院を中心に、泌尿器科が常勤ではない施設でも、不必要な尿道カテーテル抜去を系統的に行えるように、看護師主導で行えるクリティカルパスを作成し、カテーテル留置率を下げるか否かについて、prospectiveな研究を行なった。その結果、パスに従い、残尿量をパラメーターとして効率よくカテーテルが抜去できることが解明された。
長期尿道カテーテル留置患者における様々なトラブル対策を行っている。具体的には、カテーテル閉塞の危険因子解析、閉塞に対するクランベリージュースの予防効果、カテーテルの形状や材質による閉塞度合の差、などについて、関連病院の要介護度の高い患者を対象に調査を行っている。
研究のキーワード
1. 泌尿生殖器の腫瘍、糖鎖、オートファジー
2. 泌尿生殖器の疾患の治療、腎移植、分子メカニズム
3. 泌尿生殖器の疾患、下部尿路機能、メタボリック症候群、生活習慣病、過活動膀胱、ガイドライン
4. 泌尿生殖器の疾患、男性更年期障害、心理ストレス、性機能障害、下部尿路機能障害
5. 排尿自立指導、長期留置、感染、閉塞
特色等
1. 糖鎖マーカー、オートファジーに注目し、泌尿生殖器癌の研究を行っている。
2. 女性下部尿路症状診療ガイドライン、二分脊椎に伴う下部尿路機能障害の診療ガイドライン改訂版の作成委員として、また間質性膀胱炎・膀胱痛症候群診療ガイドライン、脊髄損傷における下部尿路機能障害の診療ガイドラインの評価委員としても活躍した。現在、夜間頻尿診療ガイドラインの作成にもとりかかっている。
3. 当部門の特色として性行動障害などの性機能障害を下部尿路機能障害、睡眠障害あるいは心理的ストレスとの関連からアプローチする手法で研究している。また、本邦ではまだ十分な調査が行われていない女性性機能に関する疫学調査も行っており、下部尿路症状との関連性も見出している。
4. 現在、寝たきり患者が増加している我が国においては、長期尿道カテーテル留置中の患者に起こるカテーテル閉塞は大きな問題となっている。常勤泌尿器科医がいない病院、施設において、その対処法、あるいは不必要なカテーテルを抜去する適切な方法には、まだ確立されたものはなく、大学と民間病院とが協力しながら行う画期的な取り組みである。
今後の展望
- 超高齢化社会を迎え、泌尿器科疾患を有する患者も急増している。
- 尿路性器悪性腫瘍に限らず下部尿路機能障害、性機能障害などQOL疾患に対しても世界的水準での研究・教育を推進し、地域・国・国際社会に貢献できる人材の育成と独創的な研究を行っている。
- 特に産学官連携を推進し、広く社会に貢献していきたい。